地域ごとのライセンス契約にはどんなメリットがあるのでしょうか?

2021年6月11日、エイベックスがMarshmelloとのデジタル・アルバムの日本限定のライセンス契約を締結したことを発表しました。「日本限定」のような地域限定ライセンスにはどんな意味があるのでしょうか?

エイベックスが世界的音楽プロデューサー/DJのMarshmello(マシュメロ)とデジタルアルバムのライセンス契約を世界初締結【PR Times】
Merhmello Album 'Shockwave'

エンタテインメントマーケティングUSオフィスでは、アーティストがどのような音源のディストリビューション契約をしたら良いのかに関する考察を様々なところでしています。
音源のデジタル・ディストリビューションには3つの方法があります。

1.メジャー・レーベルと契約する

一昔前には「メジャーであること」が非常に重要でした。「メジャ・デビュー決定!」など。
日本では違う使い方をされていますが、グローバル音楽マーケットで「メジャー」とは、ユニバーサル・ミュージック、ワーナー・ミュージック、ソニー・ミュージックの3つのグループのことを言います。それ以外の、エイベックスとかポニー・キャニオンとかは世界的には「インディーズ」です。とはいえ、この国では長くこういった会社のことも「メジャー」と言ってきたので「ローカル・メジャー」「ドメスティック・メジャー」などという言い方をしている人もいます。
メジャーがさすがだな、と思わせるのは、リソースの多さと大きさです。「リソース」とは、「ヒト・モノ・カネ」プラス情報です。
特にテレビやラジオと言ったトラディショナルなメディアに対する力はインディーズ以下とは大きく異なります。
また、デジタル・メディアやソーシャル・メディアに関しても持っている「ヒト・モノ・カネ・情報」が大きいので、あっという間の急展開をすることができます。
あなたたちの音楽が、たとえばスラッシュ・メタルならば、メジャーとの契約はあまりメリットがないかもしれません。いくら頑張ってもスラッシュ・メタルではラジオでガンガンかかることは期待できません。ソーシャル・メディアのスラッシュ・メタルが好きなユーザーの数も、そんなに多いわけではありません。あなたたちの音楽性を変える考えがない限り、ラジオでかかることがないのにメジャーと契約する必要もないし、いくら働きかけても契約を取るのはむずかしいでしょう。こんなことに使う時間は、ムダでしょう。
メジャーは、インディーズ・レーベル所属やアーティスト・ダイレクトの場合より一層売れるようにしてくれる反面、その分メジャーの取り分も多いのです。その分のリソースを使うわけですから、コストも増えて当然です。
仮にメジャーの取り分をインディーズ・レーベルと契約したときの3倍、アーティスト・ダイレクトの10倍、とすると、十分な取り分をメジャーに支払ってもインディーズレーベルと契約したときの3倍、アーティスト・ダイレクトの10倍売上が得られると思われるのであれば、何が何でも、メジャーと契約できるように動くべきです。

2.インディーズ・レーベルと契約する

「インディーズ・レーベル」とは3社の「メジャー」以外の全てのレーベルをいいますから、エイベックスとかポニー・キャニオンくらいの大きさのものも、バンドが自分たちで名乗る「自主レーベル」もインディーズ・レーベルです。
今回話題になっているMarshmelloも自分のレーベル「Joytime Collective」を持っており、2021年6月リリースのアルバム「Shockwave」もこのレーベルからリリースされています。
インディーズ・レーベルの経営規模はメジャー・レーベルよりも小さいので、どうしても持てる「ヒト・モノ・カネ・情報」は小さくなります。
アーティスト自分たち自身で全てやるのに比べると多くのことを任せられるので、自分たちは音楽づくりや演奏活動に集中できます。ストリーミング・プラットフォームへの登録などの作業を任せたり、アートワークやビデオ制作を任せたり、プロモーションもソーシャル・メディアも含めて任せられたりします。
また、メジャーと違って音楽性が明確になっているケースが多いので「このレーベルならば聞いてみよう」というファンも多いかもしれません。
しかし、その分の費用はインディーズ・レーベルに支払うことになるので、アーティスト自身の取り分は減ることになります。
また、メジャーなら、まだ売れていないけれど将来の可能性を感じるアーティストに投資してくれることもあるかもしれませんが、多くのインディーズはそこまでの資金の余裕はないので、アーティスト・ダイレクトと比較して爆発的に売れるようになるかどうかは、わかりません。

3.アーティスト・ダイレクトで活動する

日本で人気のある「TuneCore」、ヨーロッパやアメリカなら「CD Baby」といった、アーティストが僅かな手数料を支払えばSpotifyやApple Musicなどのストリーミング・プラットフォームで曲を公開できるサービスがあります。このような音楽の発表方法を「アーティスト・ダイレクト」といいます。この手数料はとても安いので、入ってくるお金はまるまるアーティストの元に入ります。
TuneCore Japanの手数料は、シングル1曲1年間で税込み1,551円です。これなら、社会人の「結婚式バンド」でも中学生のバンドでも支払えますね。
まるまる売上が入る反面、全てのことは自分たちでやらねばなりません。TuneCore Japannに登録するにあたってのデータづくりからプロモーション、ビデオを制作するのであればその手間ヒマまで。当然ありとあらゆるマーケティングはアーティスト自身の仕事になります。大変ですね。でも、いずれはメジャーと契約したいとか、インディーズ・レーベルと契約したいと思っているアーティストでも、最初の一歩は自分たちでやらねばならないので、この段階は全てのアーティストが経験するステップと言っても良いかもしれません。

地域限定のライセンスが持つ意味

今回のエイベックスのMarshmelloとの契約は「デジタル・アルバム『Shockwave』の日本国内におけるライセンス契約」と発表されています。TuneCore Japanを使っていても、全世界に配信ができるわけですから、MarshmelloのレーベルJoytime Collectiveのディストリビューターも何もしない限り自動的に日本への配信も自動的にできるはずです。ところがMarshmelloのレーベルであるJoytime Collectiveは、日本だけ、自分たち自身でなくて、エイベックスに任せた、ということになります。
CDをプレスしてレコード店に流通している時代は、国ごとにディストリビューターを選定してここに任せて行っていました。ところが、ストリーミングに関しては製造も流通も関係ないので、一般的にはわざわざ国ごとのライセンスを供与してバラバラにする必要はありません。
ではなぜJoytime Collectiveは日本だけ別扱いをしたのか?
それは、自分たちの力だけではなくて、日本の企業の助けを借りれば日本のマーケットではさらなる売上が期待できるから、でしょう。Joytime Collectiveはインディーズ・レーベルですから、全世界に同じようには力をかけられない。それだけのリソース=ヒト・モノ・カネ・情報がないわけですね。特に日本対策をしなくても自動的に売れるのなら、わざわざ日本企業と契約して手数料を支払う必要はないわけです。でも、日本企業の助けを借りればもっと売上が伸びるマーケットだと判断すれば、日本だけ切り離して、別の取り扱いをしてもいいね、ということになるんだと思います。
これは、これからグローバルに活躍したい日本のアーティスト・ダイレクトのアーティストやインディーズ・レーベルと契約しているアーティストにも同じことが言えます。
Spotify for ArtistやApple Music for Artistなどのアーティスト・マネージャー用の管理画面を見ていると、なぜだか急に日本以外の国での再生回数がポンと伸びていることがあります。現地のインフルエンサーがどこかでこの日本のアーティストの音源に気づいてソーシャル・メディアで書いてくれたのかもしれません。ただそれだけなら1週間もすればこれは収まるのですが、2週めも3週めも引き続き再生数が伸びていることがあります。これが日本のアーティストに起こることが多いのが、ヨーロッパの小国や南米の小国、フィンランドやチリなどです。再生数の増加が何週にもわたって続いていくのであれば、このマーケットはこのアーティストに有望なマーケットだということになります。
これに対してアーティストはフィンランドの言語やチリの言語ができる人を知り合い伝てに探して、ソーシャル・メディアで発信してさらにファン数を伸ばしたり、インフルエンサーを特定して、彼/彼女に連絡をとってさらなるプロモーション協力をしてもらうこともできるでしょう。
でも、言語や文化の違うマーケットに対して自分たちだけで立ち向かうのは、大変です。タダでさえ少ないアーティストのリソースをこれに割くことになります。
おそらく今回の例の場合はJoytime Collectiveは日本マーケットを「テコ入れすれば更に可能性のあるマーケット」だと考え、日本だけ契約を別にしたのでしょう。
これからは日本のアーティストも「フィンランドだけのライセンス」とか「チリだけのライセンス」というようなオファーを受けることもあると思います。その場合、重要なのは双方の期待値が同じくらいである、ということです。日本のアーティスト側の期待値と現地でライセンスを得たい会社の期待値がほどよく均衡が取れていること。これが重要です。このバランスが上手く取れていないと契約に至らなかったり、契約後にスムーズに仕事が行われなかったりします。

エンタテインメントマーケティングでは、世界各国の契約をサポートします。
近日中に、ウェブサイトにサポートの内容を公開します。

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