東南アジアは日本のアーティストにむずかしいマーケット

アジアの地図

エンタテインメントマーケティングに寄せられるアーティストからの希望の上位に「東南アジアをツアーしたい」というのがあります。日本から近く、コロナ禍が明けたら大量に日本にやってきた東南アジアからの観光客の姿がこれを誘引しているのでしょうね。

私たちエンタテインメントマーケティングもなんとか実現に向けて努力しているのですが、東南アジアは多くの人が思っている以上に、日本のアーティストにはむずかしいマーケットなのです。

 

(目次)

「シティ・ポップ」に火をつけたのは東南アジア

東南アジアはマーケットのサイズが小さい

インドネシアのヒット・チャート

タイのヒット・チャート

台湾のヒット・チャート

東南アジアは日本のアーティストにむずかしいマーケット

効果的なプロモーション

「シティ・ポップ」に火をつけたのは東南アジア

松原みきさんの「真夜中のドア Stay With Me」をはじめとする日本の「シティ・ポップ」に火がついたのが東南アジアだったことからこのようなオファーが増えているようです。
このことも引き金になって「アメリカやヨーロッパよりもアジアには可能性が大きいのではないか」と思っていらっしゃるアーティスト/マネジメントの方が多いようです。

東南アジアはマーケットのサイズが小さい

東南アジアがマーケットとしてむずかしいマーケットである最初の理由として音楽マーケットのサイズの小ささがあげられます。

ASEAN加盟各国の人口、国民の平均年齢、国民の平均所得を調べてみましょう。

ASEAN加盟国   人口(千人)   国民の平均年齢(歳)   国民の平均所得(ドル)  
インドネシア   274,404 30.5 4,174
フィリピン   109,581 25.7 3,485
ベトナム   97,581 32.6 2,715
タイ王国   69,799 40.1 7,274
ミャンマー   54,806 29.2 1,326
マレーシア   32,732 29.6 11,414
カンボジア   16,718 25.7 1,643
ラオス   7,379 23.8 2,542
シンガポール   5,850 42.4 65,233
ブルネイ・ダルサラーム   459 32.4 31,086

https://aseanstats.org/wp-content/uploads/2020/11/ASEAN_Key_Figures_2020.pdf

ASEAN加盟国で最も人口が多いのはインドネシアです。人口2億7440万人、日本の2倍以上です。続くフィリピンが1億人超え、ベトナムも1億人に迫る勢いでタイも約7000万人です。しかも国民の平均年齢がタイとシンガポールを除くと30代かそれ以下でとても若い。でも平均所得は低いのです。日本の平均所得が430万円(1ドル=140円で換算すると約3万ドル)ですから、いかに低いかがご理解いただけると思います。

ASEAN加盟各国の音楽産業のマーケット・サイズを見てみましょう。

市場規模(2022年)
インドネシア 3億ドル
タイ 2億4000万ドル
フィリピン 1億8000万ドル
マレーシア 1億4000万ドル
シンガポール 1億2000万ドル
ベトナム 1億ドル
カンボジア 5000万ドル
ミャンマー 4000万ドル
ラオス 3000万ドル
ブルネイ 2000万ドル
(参考)日本 23億ドル

https://gmr2021.ifpi.org/report

音楽産業の売上が大きいのはASEAN諸国の中ではインドネシアとタイなどです。マーケットのサイズは日本の約23億ドルと比べてとても小さく、インドネシアは日本の1/7以下、タイも約1/10です。

国民の平均所得も高くないので、1枚2,000円とか3,000円もする高価なCDなどはほとんど売れません。ストリーミングが主体です。

インドネシアのヒット・チャート

それでは、比較的大きなマーケットであるインドネシアとタイでは、どんなアーティストが人気なのでしょうか? 日本のアーティストの可能性はあるのでしょうか? 2023年7月29日付の各国のヒット・チャートで見てみましょう。

まず、インドネシアです。

順位 タイトル アーティスト アーティストの出身国
1 Seven Jung Kook Featuring Latto 韓国
2 Tak Segampang Itu Anggi Marito インドネシア
3 Sial Mahalini インドネシア
4 Komang Raim Laode インドネシア
5 Angels Like You Miley Cyrus アメリカ
6 Super Shy NewJeans 韓国
7 Rayuan Perempuan Gila Nadin Amizah インドネシア
8 Cruel Summer Taylor Swift アメリカ
9 Not You Alan Walker & Emma Steinbakken ノルウェー
10 Cupid Fifty Fifty 韓国

https://www.billboard.com/charts/indonesia-songs-hotw/ 

インドネシアはBillboardのグローバル・チャートに割と近いアーティストの布陣です1位は世界で1位のBTSのJung Kook。インドネシアのアーティストも4組入っています。あとは世界的に人気の韓国のNew JeansやFifty Fity、アメリカのTaylor Swiftも入っています。

この週は日本のYOASOBIがグローバル・チャートの上位にいますが、インドネシアでは発表されている25位以内には入っていません。

「世界的人気アーティスト、特にK-Popアーティスト」が人気のようです。

タイのヒット・チャート

タイでは景色が一気に変わります。

順位 タイトル アーティスト アーティストの出身国
1 First Love Nont Tanont タイ
2 Ka La Krang Nueng JUNENOM タイ
3 Rebound Three Man Down タイ
4 Various Muean Khoei Ost.Long Live Love タイ
5 Mai Pen Rong Cocktail タイ
6 Sad Flower Reinizra タイ
7 Rak Pai Laeo Bank Modern x F F タイ
8 Khuen Hai Sarah Salola Ft. Mean TaitosmitH タイ
9 Bak Khon Sua Tid Am タイ
10 Chak Chai Ka We (Sounthonpu) Chang Coah Feat. Nong Arm Noun Pan タイ

ごらんのように10位以内は全てタイのアーティストで、日本も韓国もアメリカのアーティストもヒット・チャート上位に入っていません。日本と同じように、自国主体のマーケットで、J-PopやJ-Rockが日常的に話題になるような場所ではないのです。

台湾のヒット・チャート

東南アジアと同じように、良く話題になるのは台湾です。台湾には「哈日族」と言われる「日本大好き族」が数多く存在すると報道されています。

人口は日本の約1/5の2381万人の小さな島国で、比較的平均所得も高いです。

  人口(千人)   国民の平均年齢(歳)   国民の平均所得(ドル)  
台湾 23,816 42.3 25,873

ヒット・チャートでは、台湾では日本のYOASOBIの’IDOL’がヒット・チャートに入っています。

それ以外はK-Popの他に中国のアーティストも入っているのがASEAN加盟諸国とは異なる部分です。

順位 タイトル アーティスト アーティストの出身国
1 Seven Jung Kook Featuring Latto 韓国
2 Super Shy NewJeans 韓国
3 Queencard (G)I-DLE 韓国、タイ、中国、台湾の多国籍メンバー
4 Wo Hui Deng Cheng Heng 台湾
5 Idol YOASOBI 日本
6 Sunset In May Hua Chen 中国
7 The Dark Plum Sauce Li Ronghao 中国
8 Flower Jisoo 韓国
9 Red Scarf ("Till We Meet Again" Movie Theme Song) WeiBird 台湾
10 I Am IVE 韓国+日本

https://www.billboard.com/charts/taiwan-songs-hotw/

日本との距離が近い台湾でも「日本ブーム」が起こっているとは言えない状況ですね。

東南アジアは日本のアーティストにむずかしいマーケット

日本のアーティストやマネジメントの皆さんには「東南アジアの人たちは日本に憧れていて、日本のアーティストにやさしいマーケット」と思われている方が多いようですが、これは残念ながら事実ではありません。東南アジアは、日本のアーティストにとって、決してイージーなマーケットではないのです。

『鬼滅の刃』や『ONE PIECE』などの日本のアニメ作品は東南アジアでも強い人気があります。こうした東南アジアでも人気があるアニメ作品の主題歌などを担当しているアーティストならば、動員も期待できるでしょう。それ以外のアーティストは、後述のように、お金もかけて手間もかけて、分厚いプロモーションをやらない限りは東南アジアでのマネタイズは難しいと思います。

もう一つ、「適切なライブ会場がなかなかない」という問題もあります。日本は人口5万10万といった小さい都市でもキャパ1,500人とか2,000人の市民会館などがありますし、東京などは数万人収容の大スタジアムからキャパ数十人のライブ・ハウスまで、演奏できる場所は数限りなくあります。しかし、東南アジアはそうではないのです。ライブ・ハウスの数も少ないし、フェスティバルの開催もあまりありません。日本でコンサート会場を大きく展開している「Zepp」は台北、クアラルンプールとシンガポールにも進出していますが、各会場のキャパは

Zepp@BIGBOX Singapore 2,333人

Zepp New Taipei 2,245人

Zepp Kuala Lumpur 2,414人

と日本にあるZeppと同じような規模です。日本の一流アーティストと言えども、ヒット・アニメの主題歌でもやっていない限り、これらの都市での動員数は300人とか500人といったところでしょうから、無理して開催しても客席がスッカスカの状態で本番を迎えざるを得ないかもしれません。

そうは言っても「どうしても東南アジアで活動したい」というアーティストのみなさんは、いつでもエンタテインメントマーケティングにご連絡ください。アジア各都市の提携プロモーターと連携して、アーティストにベストなプランを立案します。私たちエンタテインメントマーケティングとしても、いちはやく東南アジアでの成功例を作りたいと思っています。

効果的なプロモーション

いま、東南アジアで人気のある日本のアーティストを挙げるとすると「YOASOBI」「藤井風」「imase」の3アーティストということになると思います。この3つのアーティストは、実に積極的にプロモーションを東南アジアでも行っていり、これが成果に結びついているのだと思います。

できることは何でもやっているYOASOBI

まず「YOASOBI」ですが、彼らのプロモーションは、思いつくようなこと全てをベストなタイミングで実施していて見事です。

TikTokでさまざまなバージョンを配信して、「踊ってみた」や「歌ってみた」のようなUGCを誘発していますし、英語バージョンも配信しています。

https://note.com/tsurezure_cat/n/ndc0bcb990f1f

その結果東南アジアで、無料で利用できるYouTubeの再生回数が大きいことに気づかれると思います。

このYOASOBIの例では徒然研究会(仮)のTwitterとNoteからグラフィックを引用していますが、このアカウントはYOASOBIだけでなく様々なアーティストや映画、社会現象に関して公開されているデータを可視化して見せてくれるので本当に役立つアカウントです。みなさんも、ぜひフォローをおすすめします。

https://twitter.com/tsurezure_lab

https://note.com/tsurezure_cat/

スピードがすばらしい藤井風

藤井風さんの場合は、2022年7月に「死ぬのがいいわ」が 突如タイでバイラル・ヒットしたのが大きな出来事でした。

これは松原みきさんの「真夜中のドア Stay With Me」はインドネシアのRainych Ranさんがカバい~したから、 と、ハッキリと火元が特定できているのですが

「死ぬのがいいわ」はこれが特定できていません。自然発生的にTikTokを中心に火が広がり、
「真夜中のドア Stay With Me」と同じようにタイだけでなくアジア諸国へと広がりを見せました。この曲の日本での発表は2022年5月ですから、2年以上経ってのタイでのブレイクでした。しかもこの「死ぬのがいいわ」はYouTubeにもミュージック・ビデオが公開されていない「アルバムの中の1曲」でした。
こうした動きを受けて素晴らしいスピードで動いたのが日本のレーベルのみなさんです。それまでSpotifyの藤井風さんのプロフィールは日本語だけだったのに英語を追加し、「死ぬのがいいわ」のライブ動画をYouTubeで公開しました。これは「バイラルの気配」が感じられた7月末から1か月ほどで完了しました。レーベルがユニバーサル・ミュージックという大きな会社であることを考えると、電光石火の早業と言ってしまってもいいと思います。

2023年6月、タイでのバイラルヒットから約1年。 藤井風さんの初の海外公演は、初日ソウルを皮切りに、バンコク、ジャカルタ、クアラルンプール、台北、香港の 6都市8公演のアジア・ツアーとなりました。
日本国外のバイラルの「芽」をいち早く発見し、これに対して即座に対応できたスタッフが藤井風さんのアジアでの成功を大いに後押ししていますね。

アーティスト本人の活動量が多いimase

そして最後にimaseさん。
imaseさんは、とにかくネット上の活動量が半端ありません。ものすごいのです。

世界的にTikTokでのダンス・チャレンジがヒットの引き金になることが多いのですが、imaseさんは本人がこれを率先して実行しています。
https://www.tiktok.com/@imase119
それまでも自分一人だけではなくてENHYPENやTOMORROW X TOGETHERのような人気のアーティストとコラボレーションしていましたが、決定的だったのはBTSのJungkookが世界中で1000万人を超えるBTSファンが見ているような生配信の中で、ほぼほぼフルサイズで歌ったことでした。
imaseさんにに関してもYOASOBIで引用した「徒然研究室(仮称)」で世界の分布を見てみましょう。


徒然研究会(仮)の作成したグラフ

右側の地図上の円はYouTubeの視聴回数を国ごとにしたものですが、日本だけでなくアジア各国の円が大きいことに気づかれると思います。

imaseさんは2023年4月には韓国、6月にはタイでショーケース・ライブを行って、地域のファンへのパブリック・アピアランスも実行しています。これもレーベルであるユニバーサル・ミュージックの力によるところが大きいと思います。

 

これは東南アジアに限ったことではないのですが、

  • ヒット・アニメの主題歌を担当したら、すぐにチャンスが訪れる
  • 「プロモーション」して意図的にバイラルは作り出せない
  • つねにSNSなどの動向をチェックして「バイラルの芽」を探す
  • 見つかったら電光石火で動く
  • 何より大事なのはアーティスト自身の活動量

というのが、こうしたアーティストが東南アジアで成功している要因と言えましょう、

東南アジアで一勝負してみたいアーティスト/マネジメントの皆さん、ぜひ一緒に成功を目指しましょう。

 

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